ゴミ出しミッション
朝4時。今日はゴミの日だ。
これを逃すと数日間、ゴミでパンパンになった45リットルの袋と同居することになる。
45リットルというと中学高校の教室のゴミ箱に採用されているサイズである。
こんなやつと生活をともにするのは嫌だ。
なんとしても出さなければならない。
そのような思いが伝わったのか、非常にスッキリと目覚めることができた。
収集時間は8時。余裕である。
あせることはない。まずはシャワーだ。
収集時間まであと3時間もあるではないか、シャワーなんて数分で終わる。
ゴミ出しはそれからでもじゅうぶん間に合う。
すこし熱めの水を浴び体を完全に起こした状態で風呂場を出た。
さて、ゴミ出しだ。
パンツとTシャツという外に出るべきではない格好だが、さすがにこの時間帯、ゴミ出しの30秒間で人に会うことはないだろう。
スッと行ってポンッと置いてスッと戻ってくればいいだけの話だ。
仮に誰かに見られていたとして、なんの問題があると言うのだ。
そのようなことをぐだぐだと考えていたのだが、服を着ていけば万事解決である。
しかし、僕の中ではもう"パンツとTシャツ姿で誰にも見つからずにゴミを出す"というミッションに変わっていた。
メタルギアのスネークのごとく、こっそり玄関を開け、まず周辺を見回す。
誰もいないことを確認し、猫背になりながらこそこそと小走りでゴミ収集場所まで向かう。
ペチペチパタパタとビーサンの音が鳴り響いているが、とりあえずは問題ない。
さて、目的ポイントに到着した。ココが難所である。
道路に面しているため、人目につきやすい。
そして、道路利用者の邪魔にならないよう、良い位置にゴミを置かなければならない。
目的ポイントを見ると、深夜にゴミを出している不届き者のせいでゴミ袋が散乱していた。
しかし、僕は整える気なんてさらさらない。
それらの中間地点にこのでかいゴミ袋を置くのだ。
そうすれば一瞬にして"それなりにまとまって"見えるのである。
ゴミをナイスポジションに置き終わり、なぜかちょっといいことをした気分になり顔を上げると、いた。
ババアの朝は早い。
犬の散歩をしているババアであった。しかも進行方向はこちらだ。
もうミッションは失敗だと思っていたら目が合ってしまった。
朝からこんな毒にも薬にもならないことをやっている僕であるが、せめて人間としての行いをしようと思い、会釈をした。
無視された。
いや、無視というか、そもそもそこに何も存在していないかのような振る舞いだった。
なんだこのババアと思ったが、ババアの行動は正しい。
僕だって、優雅に散歩している途中、目の前にパンツとTシャツ姿の男が現れたらその存在をなかったことにするだろう。
そうなると、この時点では"パンツとTシャツ姿で誰にも見つからずにゴミを出すミッション"はまだ失敗していないということになる。
なぜなら、あのババアの中には僕(パンツとTシャツ姿の男)が存在していないからだ。
ならば、続行である。あとはただ戻るだけだ。
それでミッションコンプリートだ。
と思っていたら、来た。
違う階の住人だろう。ゴミ袋を持っている。
髪はボサボサ、格好はスウェット、靴はクロックス。
深夜のドンキホーテで見かけるタイプの女の人が、だるそうに歩いてきた。
ヤンキーもこんな朝早くにゴミを出すのだなと、あたりまえのことに関心しながら、なるべく目を合わせないように足を進めた。
すれ違いざまに会釈をすると、ヤンキーも会釈で返してくれた。
やっぱり僕は存在していたのだ。ミッションは失敗だが、ありがとうヤンキー。
帰宅して電気をつけると、ゴミの入った小さめの袋が申し訳なさそうにちょこんと置いてあった。
出し忘れのゴミである。
数日間、こいつと同居だ。
プレジデント社
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